マスター・ソウの見聞録

マスター・ソウの見聞録『オダマキと美魔女のかたはらいたし』

マスター・ソウの見聞録『オダマキと美魔女のかたはらいたし』-アイキャッチ

ソウが経営している喫茶店「ヴィラ」は神原駅から数分歩いた非常に入り組んだ住宅地に店を構えている。海上コンテナを改良した簡易的なカフェで、極上のコーヒーを提供する。

しかしあまりにも細い路地を何回も通らされるためよほど地図を見るのが巧い者か、迷ってもどんどん突き進むことが出来る好奇心旺盛な者しかたどり着くことが出来ない。

しかも店は中二階で錆びた鉄製の階段を上らなければいけず、さらには初見でそれがカフェだと気づくものはまずいないので新規で来る客は極めて少ない。

そしてマスターのソウは心理学に精通していて、常連客の恋の悩みを解決する。

 

足取りが重いわけではないが軽快さはまるでない。何かに悩んでいて、とてつもなく言いづらいことを抱えている。そんな足音だった。恐らく大学で単位を落とした綾香が、どう親にそのことを切り出せばいいか相談しに来たに違いない。ソウはそう思った。「子供じゃないんだからそんなの自分で考えろよ」と言えばいいのに、ついつい甘やかしてしまう自分もいる。今日こそはびしっと言ってやろう。

 

カランコロンと言う鋳鉄製の鈴が鳴る。

「今日は甘やかさないからな」と言おうとした矢先、入店客が綾香でないことに気づくソウ。口が開いていたため何かおかしいと思う凛。

凛
何か言おうとしてる?
ソウ
ソウ
え、えぁ別に…凛、久しぶりやな
凛
ふーん。ま、いいけどさ。久しぶり

3席しかないカウンターテーブルの真ん中に座る凛。頬杖を突きながらソウに話しかける。

凛
ねぇ、マスター。仮にさ、仮にだよ、マスターが男性から告られたらどうする?
ソウ
ソウ
なんや、いきなりやな。どうするかな。まあ、男女限らず「今気になってる人がいるんで」って言って丁重に断るかな
凛
じゃあそういう人がいなかったら?
ソウ
ソウ
めちゃくちゃタイプなら大丈夫やと思う。俺イケメン好きやし?
凛
え?マスターってゲイ?
ソウ
ソウ
いや、女性の方が好きやで
凛
じゃあバイ?
ソウ
ソウ
好きな顔と性格なら男も女も関係あらへんかな。男と付き合ったことないからもしかしたら「やっぱり違いました」ってなるかも知らんけど

そっと凛にコーヒーを差し出すソウ。コーヒーにはオダマキのラテアートが描かれている。

ラテアート
凛
何この花
ソウ
ソウ
オダマキ
凛
ふーん。で、同性と付き合う人を見下したり後ろ指刺したりしない?
ソウ
ソウ
ちっちゃいちっちゃい。そんなん意味ないやろ。男が男を好きになろうが、女が女を好きになろうが気にすることないやろ。認められるも認められんも一緒にいればええやん
凛
でも…
ソウ
ソウ
凛はLGBTの割合ってどれくらいか知っとるか?
凛
いや、考えたこともなかった
ソウ
ソウ
女性のLGBTが8%、男性のLGBTが4%って言われてる。まあ調査方法の違いによりこの差は大幅に変わってくるから一概には言えないけど、俺もまあこんなもんじゃないかなとは思ってる
凛
8%…

花のアートをぼんやり見ながらこぼす。

ソウ
ソウ
少ないって思ったか?
凛
いや、よく分からない
ソウ
ソウ
じゃあ全国の佐藤さんってめちゃくちゃ多いと思わない?
凛
多いよそりゃ
ソウ
ソウ
だろ。でもな、男性のLGBTなんて日本全国の佐藤さん、鈴木さん、高橋さんを足したくらいいるんよ。すぐ見つけられるやろ
凛
えっそんなに…
ソウ
ソウ
ちなみに女性のLGBTなんて言ったらもっとすごいぞ。佐藤、鈴木、高橋、田中、伊藤、渡辺、山本に匹敵するんだからな。全然珍しくない
凛
そう…だね
ソウ
ソウ
大体、戦国武将にも男色だったんじゃないかっていわれている人が何人かおるからな。まぁ俺が思うにゲイというよりはバイやけどな。つまり、昔から男が男に惹かれたり女が女に惹かれたりってのはちょっと珍しいという事はあるにせよ一般的にあったってことだ
凛
なるほど…
ソウ
ソウ
まぁ何が言いたいかっていうと、男が男を好きだったり、女が女を好きだったりっていう事で騒ぐのは意味がないって思ってるだけや。引きもしないしすごいとも思わん
凛
あ~えっと、まあ、仮の話だからね、仮の

まだすっきりしない表情の凛。それに対し少しため息を吐き口を開くソウ。

ソウ
ソウ
まあこれは関係ない話やけどな。魚の中には性転換出来る種類があるんよ。しかも1回だけでなく、何回も。環境とか思い込みで体を変えられるんはすごくね?きっと雄であるとか雌であるってことを対して気にしないかのように。それを比べるとさ、たかが好きになった相手が男だか女だかなんてちっちゃすぎやろ

目を見開く凛。

凛
ねぇマスター
ソウ
ソウ
ん?
凛
ありがと。すごく吹っ切れた
ソウ
ソウ
当事者にとっちゃ小さくないかもしれんけど、受け入れるのなんて簡単や
凛
うん。受け入れる!でもマスターは多分1つ勘違いしてると思うから言っておくね
ソウ
ソウ
ん?
凛
この話、私の話じゃないよ
ソウ
ソウ
え?
凛
娘の話
ソウ
ソウ
え?凛ってそんな大きい子おるん?
凛
うん。こう見えても22年前に娘産みました
ソウ
ソウ
嘘やん…美魔女か…
凛
うん。よく20代に見られるしよくナンパされる

そういってコーヒーを飲んだ。オダマキは原型をとどめていなかった。

凛
あ、そうだ、マスター。今度娘とパパ、私の旦那連れてきていい?うちのパパ堅物で同じこと言ったら殴りにかかるかもだけど
ソウ
ソウ
ええよ。間違ったこと言っとらんし
凛
分かった。じゃあ、ご馳走様

凛が出て行ったあと「あの顔で娘22ってどうなっとんねん!」と言う声が店内に響いた。

オダマキ