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ソウが経営している喫茶店「ヴィラ」は神原駅から数分歩いた非常に入り組んだ住宅地に店を構えている。海上コンテナを改良した簡易的なカフェで、極上のコーヒーを提供する。
しかしあまりにも細い路地を何回も通らされるためよほど地図を見るのが巧い者か、迷ってもどんどん突き進むことが出来る好奇心旺盛な者しかたどり着くことが出来ない。
しかも店は中二階で錆びた鉄製の階段を上らなければいけず、さらには初見でそれがカフェだと気づくものはまずいないので新規で来る客は極めて少ない。
とにかくマスターのソウはそんな場所で日夜コーヒーを作り客に振舞っている。ただ、他のカフェと違う所は心理学に精通していて、常連客の恋の悩みを解決する点である。
階段を登る足跡は軽快だった。体重は軽そうなため女性だ。きっと綾香だろう。若干慌てている感があることからソウは何か聞いて欲しいことがあると予想した。つまり、何か嬉しい報告をしたい。きっとそんなところだ。
長年喫茶店を経営するとそういう事が見えてくる。ソウは得意げな顔で客の入店を待った。
ドアを開けた客は綾香ではなく、すみれだった。それに対しソウは「あれ?」と言ってしまう。
すみれ
何よ。あれ?って
ソウ
いや、えっと、思ってたよりミニスカートだなと思って
すみれ
似合うでしょ
ソウ
お、おう…
すみれは3席しかないカウンターバーの真ん中に座りため息をついた。
すみれ
ねぇ、マスター。なんで男の人って浮気するの?
ソウ
いきなりやな
すみれ
なんで男って付き合ってる人がいるのに他の女と仲良くしようとするの?
ソウ
まあ、遺伝子上の問題?
すみれ
遺伝子上浮気しなきゃ死ぬようになってる訳?
怒り口調のすみれに対しゆっくり諭すように答えるソウ。
ソウ
これは俺が大学時代にナイジェリアだかウガンダだか忘れてもうたけど「イマ」っていう留学生がおったんよ。そいつから聞いた話やけど、男は浮気をしようと思って浮気をするんじゃなく新しいものや人に対して興味深々やねんて
すみれ
ふーん。で?
ソウ
浮気したいというより、「こいつ何考えてんやろ」って考えが男性の方が強い。そして近づいて仲良くなってその子のことを知ろうとする。自然と仲良くなる。恋だと錯覚する。いい感じの仲になる。浮気に発展する
すみれは何も答えずソウを睨む。
ソウ
っていうイマの見解な。俺の考えちゃうで
すみれ
好奇心で浮気されたらたまったもんじゃなくないですか?
ソウ
せやな。まあこの議論をしたら女が100%正しい。そして男は我慢するか誰とも付き合わないかという選択肢を取るしかない。まあ中には浮気しない人間もおるけどな。俺みたいに…
すみれ
浮気しないことが我慢っていう時点で悲しくなってきますよね
最後の一言に関しては全く触れられなかった。
ソウ
せやな
静かにコーヒーを差し出すソウ。ローダンセのカフェアートが描かれていた。
ソウ
で、すみれは浮気されたんか?
すみれ
いや、そういう訳じゃないです。どちらかというと浮気相手に任命されたというか…
ソウ
浮気相手に任命?
すみれ
彼女がいる男から「終電逃したから泊まらせて」って言われたんですよ。しかも同棲までしてるんですよ?
ソウ
おぉ…
すみれ
最初は動転したんですよ。こいつ何言ってるの?って。家に入れさせないことだけを考えたんですよ。だけどよくよく考えたら彼女が可哀想だなって思うようになっちゃって…。私も彼氏ができたとしてもこうなっちゃうのかなって…
ソウ
なるほど。まあそれは色んな意味で「いける」思われとんな
すみれ
サイテーですよね
ソウ
まあ、サイテーだな
すみれ
でも男ってみんなそんなもんなんですよね?好奇心だか遺伝子だか知らないけどいけそうな女に手を出して旨み成分だけとって、頃合い見計らってポイする
ソウ
いや、そこまで言っとらんやろ
すみれ
でも仮に泊まったとしても何食わぬ顔で家に帰る訳ですよね
ソウ
まあそうやな。せやからすみれが男の浮気に対してとれる選択肢は4つ
今までヘラヘラしていた表情だったソウは少しだけ真顔で指を折り始めた。
ソウ
1.諦めてみてみないふりをする
ソウ
2.男はそういう生き物だと理解した上で都度怒る
ソウ
3.浮気をした段階で別れる
ソウ
4.浮気をしない男を探し当てる
すみれ
4なんて無理じゃないですか?
ソウ
浮気する男は3〜4割程度って言われてるけど、さらに「浮気できたらする」ってやつを加えたら倍の8割程度いくんやないかな。でもそれでも逆を言うと2割はセーフやからな
すみれ
5人付き合えば1人は浮気しない。次が5人目…
ソウ
まあ確率論やけどな。ダメなら次。それでもダメなら次でええやん。きっといつか見つかるて
すみれ
見つかるかな?
ソウ
何ごともトライアンドエラーやろ。プログラムと一緒やん。浮気をバグと考えるとバグが発生しない条件を根気強く見つける。簡単に答えは見つからんけど、それを見つけるのはすみれの得意分野やろ。理系の頭フルに使えや
すみれ
その考え結構好き
そう言ってすみれは冷めたローダンセをスプーンで掬い丁寧に口に運んだ。
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