よく「自分は可愛くないから誰からも告白されたことがない」とか「身長が低いせいで彼女ができない」と嘆く人たちを見る。
コンプレックスは誰しもが持っていて、それが原因で相手から好意を抱かれないという事はあるかもしれない。しかし私は「コンプレックスがあるから相手が出来ない」とはあまり思わない。
なぜなら恋は「何かがあるから印象が悪くなる」という引き算ではなく「ある程度好感が持てる者」に対していきなり好きになったり、何らかの要素が加わり「好き」というボーダーラインを超えたりするのが一般的だと思うからだ。
そしてその「要素」というのは意外なものであることも多々ある。ここではそんな「意外な要素で誰かを好きになってしまった例」について紹介したいと思う。
人はどこに惹かれる?
蓼食う虫も好き好き(たでくうむしもすきずき)という、ことわざがある。これは「人の好みは様々だ」という言葉であるが、あまりポジティブに使われることはない気がする。
例えば、友達の彼氏のルックスがあまり宜しくなかった時に「…まあ、蓼食う虫も好き好きだからね…」という感じである。と、このように一般的にはお世辞にもあまり人気がない人を好きになった際に使われがちだ。
しかしそうではない。何もネガティブなケースだけに限定して使われるべき言葉ではない。そして多くの人は大なり小なりこの「蓼食う虫も好き好き精神」を持っている。言い換えてみれば「好きになるツボ」といったところだ。
そしてこの「好きになるツボ」だが実に人それぞれである。男性が「うなじがきれいな人が好き」と言ったり女性が「指のきれいな人が好き」と言ったりする話を聞いたことがないだろうか。
これらは「好きになるツボ」だがメジャー過ぎて逆にインパクトが薄い。逆に「くしゃみの際の声がかわいくて好き」とか「ペン回しをする姿がドキッとする」などと聞いたら「このフェチめ」となり、インパクトが強くなる。
私の好きになるツボは『姿勢』
さて、話はかなり遠回りしてしまったが、私の「好きになるツボ」は『姿勢』である。
姿勢がいい人にキュンと来るというと「え?そんなの?」という人がいるかもしれない。もちろん姿勢が良ければすべていいという訳ではない。ある程度好意がもてる相手の姿勢がいい場合、一気に好きになってしまうことがあるという話だ。
具体的に言うと背筋が伸びていて、さらに腰を軽くそらしているという状態は私にとってパーフェクトだ。その姿勢で眼鏡をかけ読書をしていようものなら、かなりの確率でおとされる。
「姿勢なんて大差なければそんな気にならなくない?」と言われるかもしれないが、私にとっては体型以上に気になってしまう。
例えば、80キロあろうが、100キロあろうが姿勢が良ければ「おっ」となる。姿勢が悪いから幻滅するという事はないのだが(実際目を見張るほど姿勢がいい女性と付き合った子とは1回しかない)、姿勢が良ければそれが目に留まり、好意を持ったり、もとあった好意を膨らませたりという事はある。
意外な好みや特殊な好きになるツボ
私の場合「好きになるツボ」が『姿勢』だったわけだが、私が今まで聞いた「え?そんなので好きになる?」という意外な好みや特殊な好きになるツボを何個か紹介したいと思う。
・手の関節が柔らかく、中指を反らせると腕につくしぐさにキュンとした
・ウインクが下手過ぎて逆にキュンとした
・くだらない親父ギャグを言うのだが、いつしか彼の親父ギャグファンになり好きになった。
(私は親父ギャグに惚れたのではなく、彼の頭の回転の速さに惚れたのではないか?と思っているが、その女性曰く「親父ギャグに惚れた」と言い張っていた)
・後ろポケットから長財布を出すしぐさにキュンとした
・よくかむ(言い間違える)姿がかわいくてほっとけなくなり好きになった
・男女問わず「他の人と話してた」と言うと「ふーーーん」と言ってすねる姿にキュンとした
一見するとコンプレックスになりかねないようなことでも人によっては「好きになるツボ」になることもある。
人の好みや好きになる要素は様々、蓼食う虫も好き好き
最後に言っておきたいのは「好みは変わる」という事である。
例えば、小学校時代は足の速い男子がモテた。しかし大人になれば、それがなぜだか分からない。
これに関して私は足が速いこと自体がモテるのではなく、足が速い男子は自信をつける機会が多く、その堂々とした立ち振る舞いに女子が惹かれるのではないか?と思っている。いずれにせよ、足の速い男子はモテて、やがてプラス要素にすらならなくなる。
逆に小さいころあまり人気がない(あくまで私の周りの話をさせてもらうが)メガネをかけた男子や肉付きのいい女子を好むという人も出てくる。ツンツンしていたから辛辣な言葉を言われたり、ピンクが好きだから「キモい」と言われたりしても、もしかしたら今では魅力になるかもしれない。
まあ何が言いたいかと言うと、悪い意味ではなく、蓼食う虫も好き好きなのである。